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無意識下情報処理が痛みや関節拘縮を改善させる理由①-脳内補完とソフトペイン-

2015/05/22

無意識下情報処理が痛みや関節拘縮を改善させる理由①-脳内補完とソフトペイン-

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“無意識下情報処理”…、ほとんどの方にとって聴き慣れない用語だと思いますが、痛みや関節拘縮を考える上で非常に重要な視点となり得ることをお伝えしたいと思います。

脳が消費するエネルギーの内、意識活動に使われるのはわずか5%、残り95%は“無意識下の活動”(細胞の維持修復を含む)に使われていると言われています。

これが事実とすれば「脳が処理する情報の大半は意識に上らず、無意識下において膨大な情報が処理され続けている」と考えられます。

これが“痛み”や“関節拘縮”と、いったいどのように関わってくるのか?といったお話をさせていただく前に、まず「脳内補完とは何か?」について、そして「痛みの新たな視点“三上の分類”-ソフトペイン・ハードペイン・ハイブリッドペイン-」について概説する必要があります。

今から25年前、私が整形外科に勤めていたときのエピソードです。 すべり台から落ちて腕を骨折した子供が来院しました。レントゲン検査の後、処置室において、「だいぶずれちゃってるね。今から骨を引っ張って元に戻しますよ…。大丈夫、すぐ終わるからね」と言って整復操作に。すると、骨を戻す瞬間「ボキッ」という大きな音が…。骨が折れる瞬間もポキっと聞こえることはありますが、元通りにするときもけっこうな音が響くことがあるのです。

固定処置を済ませ、整復後のレントゲン写真を確認し、母親に今後の注意事項や通院についてひととおり説明し終えたとき、母親が怪訝そうな顔で尋ねてきました。 「先生、さっき子供の骨を治してもらったとき、ボキッて凄い音がしたじゃないですか。あの瞬間、私の…、自分の腕に痛みを感じたんですけど…」

フロイトも自著において以下のような出来事を記しています。
『股関節の癒着に対する手術(術式として大腿骨をいったん折る必要がある)の最中、ボキッという異様な音が鳴り響いた瞬間、手術に立ち会っていた患者の兄が自身の股関節に痛みを感じた』

こうした痛みを指して、現代医学は心因性疼痛と呼んでいます。これは「肉体レベルでの原因を見出せない痛み」という意味です。虫歯治療の「キキキッー」という切削器具音を聞いただけで感じる歯の痛み…。被験者に熱くなっていると思い込ませた上で、冷めたアイロンを皮膚に押し当てた際に生じる熱さと痛み…。子宮を摘出した後に現れる生理痛…。病気や事故で手足を失った人に現れる幻肢痛…。これら以外にも発生源が特定できない痛みはたくさん存在します。

現代医学は痛みの原因を以下の3つに分類しています。
1)神経障害性疼痛(神経が傷んで起こる痛み)
2)侵害受容性疼痛(神経以外の場所が傷んで起こる痛み)
3)心因性疼痛(どこが傷んでいるのか分からない痛み)

このいずれにおいても、最終的に痛みという感覚は脳の中で作られます。足がないのに足の痛みを感じることはあっても(幻肢痛)、脳がないのに足の痛みを感じることは絶対にあり得ません。絶対に…。脳がなかったら、そもそも痛みという感覚は存在しない…。

身体に何らかの障害が発生したならば、脳がその正確な位置を知ることではじめて適切な回避行動をとることができます。そのため身体の隅々-皮膚、骨、関節、靭帯、筋腱組織等々-にセンサーを張り巡らせており、捻挫や打撲、骨折といった外傷を感知したセンサー(侵害受容器)は瞬時に信号を発射し、それを受信した脳は現場を特定すると同時に痛みを感じることで回避命令を出します。

こうしたケガによる痛みというものは、極めてオートマチックな自動受信システムになっており、信号の伝達ルートや受信先(脳の体性感覚野)においてはその隅々に至るまで厳密かつ強固に作られています。このシステムにエラー現象は起こり得ません。右足首を捻挫したらほぼ間違いなく、脳は“右足首の痛み”を感じます。被害個所を取り違える-膝や腰に痛みを感じてしまう、あるいは反対側の足に感じる-といったミステイクはまず起こり得ない(関連痛という形で、少し離れた場所に痛みが放散することはありますが…)。

外傷の痛みは信号の伝達経路も、脳における受信場所も、そのすべてが絶対的な関係性で構築されており、信号の入力結果がそのままストレートに反映されます。このように肉体の障害を脳が自動受信する痛みを、私は“入力疼痛”と呼んでいます。多少の個体差-感度の違い-はあっても、エラーの発生がない極めて強固なシステムです(ただし、先天性無痛無汗症の子供にはこのシステムがありません)。

一方、前述した骨折の整復音と同時に感じた母親の痛みも、フロイトが記述した痛みも、切削器具音による歯痛も、冷めたアイロンで感じる熱さも、そして幻肢痛も…、これらは明らかに脳のシステムエラーです。その全てにおいて肉体という現場にリアルな障害が発生しているわけではない-肉体からの信号入力がない!-にも拘らず感じてしまう痛み…、すなわち脳が勝手に出力してしまう痛み…、私はこうした痛みを“特異的出力疼痛”、略して“出力疼痛”と呼んでいます。

出力疼痛のメカニズムは今もって謎に包まれていますが、それを解くカギが“脳内補完”にあると、私は考えています。これは錯覚における概念で、過去の体験や記憶を利用して行われる言わば“予測制御”であり、五感の全てに見られる現象-本来ないものを脳が勝手に創り出す働き-です。

分かりやすい例を挙げると、視覚における“錯視”とりわけ明暗の錯視、色彩の錯視、形の錯視などが知られています。色彩における“色の残効”はとてもインパクトがあり、これぞまさしく脳内補完とも言うべき有名な錯覚現象です(⇒こちらのページで体験)。

いかがでしたか?実際に体験してみると、本当に驚かれると思います。脳の不思議、深遠さを垣間見る思いです…。

脳内補完のなかでも、“色の残効”は特殊な条件のもとで再現される現象ですが、実は私たちが見ている世界は“連続的な補完”によって作り出されています。人間の視野の両端は本来カラーではありませんが、脳は勝手に色を付け足してカラー映像に変えています。色を感じる細胞は目の中心部にしかないため、人間の視野の両端(180度近辺)は色を感じることができないモノクロの世界なのですが、脳は勝手に色を補足して、カラー映像に変えているのです。

さらに網膜には神経コードの束が脳に入っていく“マリオットの暗点(盲点)”があり、この場所で像を結ぶことはできないため、視野の中には“見えない”部分があります。しかし、ここでも脳は高度な処理を施して映像を勝手に付け足しています。

また聴覚における“錯聴”も実にインプレッシブで、なかでも連続聴効果-連続した音のところどころに空白の部分があると、当然聞きとりづらくなるが、そこに雑音を挿入すると、脳内補完により滑らかに聞こえるようになり、聞き取りやすくなる-が知られています(⇒こちらのページで体験)。これは雑音に溢れた環境において、相手の言葉を聞き取りやすくするための補完です。

味覚においては、視覚と嗅覚の影響を受けて味が変わってしまうことが知られています。例えば、「味のついていない黄色のビーンズゼリー(ただしレモンの香料だけが入っている)」。これに特殊なライトを当てて白く見せた状態で食べると、まったく味を感じません。

A0_2
しかし、本来の黄色を見てから食べると、レモンの味を感じます。
A00      〔上記2画像はTBS「人間とは何だ!」より映像を一部加工〕

このように視覚と嗅覚の共同作業によって味覚を創り出す、あるいは変えてしまう現象は「異なる五感同志の相互作用が生み出す脳内補完」であり、このとき五感統合におけるプライオリティは“視覚優位”と言われています(その典型例がマガーク効果)。

触覚の錯覚については、仲谷正史氏の研究が知られており、傳田光洋氏の「第三の脳」という本で紹介されています。この書籍の帯に“触覚の錯覚”を体験できる仕掛けが施してあり、それを触った人は皆一様に驚かれます。私自身俄かには信じられないほどでした。

Denda
指先が感じる触覚には静止状態で感じるもの以外に、指先を動かすことで表面の性質(材質-つるつる?ざらざら?-)を感じ取ろうとする“アクティブタッチ”があります。これによって“つるつる面”と“ざらざら面”を同時に触ると、人間は「“つるつる面”が凹んでいる」という錯覚を覚えるのです。

嗅覚については、先日たいへん興味深い症例に遭遇しました。ある小学生が「自分の鼻の中からとても嫌な、不快な臭いがしてくる」という訴えで来院しました。耳鼻科の診察を受けても、鼻に器質的な異常は見当たらないと言われ、どうしたらいいのか困り果てた母親が、以前私の診察を受けた際に「脳と五感の話」を聞かされたことを思い出し、「もしや三上先生なら」と考え、子供を連れてきたのです。

「常に不快な匂いがしていて、1日中気持ち悪い。食欲もない」と今にも泣き出しそうな表情を浮かべる女の子を目の前にして、私は鼻の中の匂いが具体的にどんなものか?同じような経験が過去にあったか?ふだん口にしない飲食物を最近摂ったことはあるか?鼻以外に気になる体調異変はあるか?クラスメイトや先生とのあいだで何かトラブル(感情のねじれに繋がる背景)はなかったか?等々詳しい問診をしました。

しかし、原因を特定できるような情報は何も見出せず、それでも何かヒントがあるはずだと思い、いっそ問診という形を離れ、世間話を装って会話を続けるしかないと考え、しばらく他愛もない会話を続けていました。すると、そのなかで本人があることを口走ったのです。

「最近外国人の転校生が…」「ん?その転校生と何かあった?」「すごい匂い…」「匂い?」。ここで母親が思い出したように「あっ、そうそう、なんでも、外人特有のワキガ?のような匂いがすごいらしくって…」と。「その転校生の子は○△ちゃん(本人の名前)の席の近く?」「うん、目の前の席…」「もしかして、今○△ちゃんの鼻の中でしている匂いって…、その子の匂いと似てる?」「…あっ、うん、そうかも…、ううん、そっくり!」
「お母さん、これで謎が解けましたよ…」

脳は感覚器からの情報を入力すると、環境に則したファジィ制御をすることで感覚を出力しており、そのファジィ制御が脳内補完だと言えます。ところが、ときに過剰な制御が起こると、不都合な場面も生じ得るということです。今回紹介した脳内補完の類例-五感の全てにあることは刮目に値します-は数ある錯覚の内のほんの一部に過ぎません。錯覚の研究は始まったばかりですので、今後さらに多くの脳内補完が判明する可能性があります。

そして、それらに共通するキーワードは“記憶”です。脳内補完の多くは記憶を利用して行われます。そして脳が勝手に行う出力疼痛もまた、脳内補完の一種だというのが私の見方です

痛みの臨床において、一般に大人よりも子供のほうがスムースな回復を示す理由は、子供のほうが痛み記憶の容量が小さいからだと考えられます。切削器具音による歯痛も、冷めたアイロンで感じる熱さも、そして幻肢痛も、その全てに記憶という源泉(※)が存在しており、慢性痛に苦しんでいる人がもし記憶喪失になったなら、おそらく痛みもいっしょに消えるのではないかと、私は考えています。

※先天性の四肢欠損においても幻肢が現れることが報告されていますので、記憶のメカニズムは本当に奥深い…。

先の小学生の症例(鼻の中の匂い)が物語るように、記憶を媒体として無意識下に発動する脳内補完は五感のみならず、人間のあらゆる知覚統合で起こり得ます。痛覚のみならず、しびれ、冷感、耳鳴り(これについては後述します)、軽度のめまい、内臓過敏、電磁波過敏、空調過敏、低周波音過敏等々…。補完は無意識の領域で、脳が勝手に行っている行為ですが、その作業を取り仕切る現場監督、あるいはCEOのような存在を仮定すると、現象を捉える視点が整理されるとの思いから、私はそうした仮の存在を“精妙なる何か-サムシング・ファイン-”と呼んでいます。

筑波大学名誉教授の村上和雄氏は、遺伝子の設計者(仮の存在)を“偉大なる何か(サムシング・グレート)”と呼んでいますが、サムシング・グレートの営為の中にも、ときにほころび-先天性の疾患-が生じるのと同様、私が唱えるサムシング・ファインもときに「なぜ…?」と思わせる仕事をすることがあります。そのひとつが出力疼痛であり、記憶を利用する脳内補完という働きを使って、勝手に痛みという感覚を出力してしまうわけです。

では、サムシング・ファインはなぜそんなことをするのでしょう?基本的に五感における脳内補完の多くは「情報処理の簡素化、効率化を図っている」という理由、側面を想定できるのですが…。これについては私なりの推論があります。自説「痛み記憶の再生理論」の概観をはじめに紹介させていただいた上で、出力疼痛を生み出す理由に迫りたいと思います。

きわめて複雑化した現代社会において、人類の感受性が多様化するとともにメンタルバランスへの影響を受けやすい個体が増えている。そうしたなか、いわゆる“感情のねじれ”(本当はこうしたいという深層心部に抱える真情と、しかしこうせざるを得ないという現実との葛藤)に付随する意識活動の亢進(思考回路の過活動)が引きがねとなり、脳内神経回路の不調和が発生すると、最終的に小脳回路の異常活動を引き起こすと同時に痛みの記憶回路が賦活される…。これが私が唱える“痛み記憶の再生理論”である。

心身環境因子の影響を受けて顕在化する脳内神経活動の偏り、すなわち脳代謝バランスの不均衡が許容範囲を超えると、サムシングファインはこれを是正、回復させるべく他領域の神経回路を賦活させることで代謝バランスを回復させようと企てる。そのターゲットとして白羽の矢を立てたのが“痛みの記憶回路”である。痛みの回路はひとたび賦活化されると、一定レベル以上の持続性を有し、生体の活動レベルを低下させると同時に意識活動の抑制に繋がる。つまり思考回路の過活動を鎮めることで脳代謝バランスの回復が為され得る

サムシング・ファインの仕事を考える時、2つの視点から捉えることができます。ひとつは「知覚統合の簡素化および効率化」であり、もうひとつは「脳代謝バランスの監視および回復」です。前者はこれまでの研究で脳内補完と呼ばれているわけですが、後者もまた脳内補完と呼んでいいのではないか…。なぜなら後者において補完しようとする対象は「血流・酸素消費・神経ホルモン分泌等の低下減少」ではないかと、私は考えるからです。

神経回路の活動異常によって生じた脳代謝バランスの不均衡は、局所の代謝亢進と別の領域の代謝低下を引き起こします。脳全体の血流は一定ですので、局所に過度な血流が集まれば、当然他のどこかの血流が低下します。

このとき血流を含めた代謝が極度に低下した部位を“欠落個所”として見なしたサムシング・ファインがそれを補完すべく血流を調節せんがため、過去の記憶すなわち痛み記憶を形成する神経回路を賦活させ、同回路の血流を増やすことで代謝バランスを変えようとする営為ではないかというのが私の見方なのです。

脳梗塞を発症した脳では、直後に反対側の脳(例えば、右脳の一部に梗塞が起きたら、左脳の一部)の血流が増えることが知られています。ちなみに梗塞の周辺領域において、脳は即座に新たな神経回路を作り始めるそうです。崖崩れで通れなくなった道路そのものを修復するのではなく、いちはやく迂回路の道路建設を始めるのです。こうした新たな神経回路を形成する働きは神経のリモデリングと呼ばれています。このリモデリングを推し進める現場監督ももしかしたらサムシング・ファインかもしれません。

それはさておき、少なくとも脳梗塞直後に、反対側の脳の血流を増やしているのは間違いなくサムシング・ファインの仕事です(反対側の血流を増やす理由については自論を持っていますが長くなるので別の機会に詳述します。ここでは脳内の離れた領域同志が同時に活動する同期現象-量子もつれ-の補完とだけ申し上げておきます)。

上肢の切断術を受けた患者さんの症例において、顔を触れられた際の幻肢-顔を触れられているのに、幻の手を触れられたと感じる異所感覚-が生じることが報告されています。これは体性感覚野の局在図(ペンフィールドの脳内地図)において、手と顔の領域が隣接しているため、脳梗塞後のリモデリングと同様ニューロンが隣接領域に枝を伸ばしたせいだと考えられています(これを指揮しているのも、やはりサムシング・ファインの可能性が…)。そして何より私が確信しているのは“幻肢痛”こそ、まさしくサムシング・ファインによる仕業だということです。

サムシング・ファインはあくまでも複雑な現象を整理するために私が創り出した仮想の存在ではありますが、これを想定することであらゆる事象を説明しやすくなります。昨今、耳鳴りの原因が解明されつつありますが、そのなかで最も有力な説が“無音”です。完全防音が可能な音響室の実験によって、人間は完璧な無音状態に置かれると耳鳴りを感じることが分かっています。つまり無音状態は脳にとって決定的な情報欠落であり、それを補おうとして脳が勝手に音を創り出しているのです。

研究者によれば、耳鳴りを訴える患者さんの多くが、加齢によって聴覚処理における高音成分が聞こえづらくなっているため、それを補完しようとして耳鳴りが発生するのだそうです。私が言うところの出力疼痛ならぬ、言わば“出力高音”というわけです。では、これを取り仕切っているのは誰の仕業?もうお分かりですね。その犯人こそがサムシング・ファインであり、こうした仮の存在を定義することで、摩訶不思議な現象を本当に俯瞰しやすくなるのです。

こうして眺めてみると、サムシング・ファインはあたかも天使と悪魔の両方の顔を持っているようです。五感の統合処理においては見える世界すべてを色彩豊かにし、雑音に溢れた環境でも相手の言葉を聞き取りやすくしてくれる一方、出力高音や幻肢痛に代表される出力疼痛といった厄介なことまで引き起こす…。


こうしたサムシングファインに因る出力疼痛というものは、見方を変えると無意識下上処理におけるシステムエラーと見なすことができます。コンピュータに譬えると、ソフトのバグが引き起こすエラー現象のようなものです。

そこで、人間の痛みをコンピュータ用語に置き換えることで-比喩表現として-、痛みの新たな解釈に迫りつつ、以下の分類を提起させていただきます。

肉体レベルの損傷を知らせる痛み(入力疼痛)は、パソコンで言えば部品の故障を知らせるサインであることから、これをハードペインと呼び、ハードの故障がないにも拘らず脳が勝手に創り出す痛み、すなわち出力疼痛はあくまでも脳のシステム上の問題であることから、これをソフトペインと呼び、そしてこの両者の混成痛をハイブリッドペイン”と呼ぶ。これが私独自の新しい分類です。人間が感じる痛みはこの3種類しかありません。


子供の骨折の整復音に反応した母親も、フロイトが記述した痛みも一瞬の出来事ですので、臨床的に問題となることはありませんが、同じ出力疼痛でも幻肢痛は慢性痛としての顔を持っており、これは放置できないわけで、これまで様々な治療法が試されてきました。脳研究が進む以前は、痛みの原因が肉体レベルにある-切断面の末梢神経が原因-という考えが支配的でしたが、今ではそう考える医療者は極めて少数でしょう。多くの研究者が幻肢痛とは私が言うところの出力疼痛すなわちソフトペインであることを知っています。

そして、幻肢痛の原因が脳の中にあるというのは、専門家ならずとも、患者さん自身にとっても、ある意味納得しやすい面があります。なんと言っても痛みの発生源が存在しない-手あるいは足がない-のですから、脳に視点を移す論理は受け入れやすいと思われます。さらにミラー療法による効果を体感した人であれば、脳の問題であることを身を持って実感するはずです。

ミラー療法で痛みが改善する事実は、幻肢痛の正体がソフトペインであることを如実に物語っています。 私自身、CRPS(RSD)に代表される難治性疼痛に対してミラー療法やBFIによる改善を日々目の当たりにしており、CRPS(RSD)の痛みもまたソフトペインであることを確信しています。

難治性疼痛のみならず、実は整形外科領域の痛みの多くがソフトペインもしくはハイブリッドペインだと言えます。もちろんこのように荒唐無稽な主張は理解され難く、ほとんどの方が「そんなはずはない。ハードペインに決まっている」と反論されることでしょう。

幻肢痛にあっては、その発生源が“存在しない”のですから、脳に原因を求める視点はさほどむつかしい理屈ではありません。しかし、五体満足の人に発生している痛みでは、この視点は相当にむつかしいものになります。なんと言っても発生源がリアルに“存在する”のですから、まさかそれが脳の問題だとは到底思えないからです。

とくに現代医学においては整形外科が痛みの診断を行っており、形態学上の診断と痛みの原因診断を切り離す視点がないため、ほとんどの人が画像診断の支配下にあります。

視覚優位と言われる霊長類にあって、とくに人類は画像上の変化を見せつけられると、論理的思考よりも直観的先入観が働きやすいため、「加齢による骨、軟骨の変性=痛み」という医学常識に抵抗することができません。「軟骨が擦り減っているにも拘らず痛みのない症例」をどう説明するのかという疑問に正面から向き合う研究者は少数派…。

足首の捻挫の後遺症によって軟骨が擦り減った症例に手術を行っている現場の視点は「過去に足首の捻挫(とくに前距腓靭帯損傷)をした人は、30年後に爆発する(痛みのせいで歩けなくなる)」という脅し文句を使って世人に呪いをかけます。

一方で、同様の捻挫をした人が30年後も、40年後も、さらに半世紀後も爆発しないようケアに努めている保存療法の現場には「軟骨が擦り減る現象には個人差があり、様々な要因が複雑に絡み合っている。そして何より軟骨の摩耗レベルと痛みの発生率は相関しない」という視点を持っています。これに対する私の考えは以下の通りです。

『過去に捻挫を経験した人が、その後の人生の歩みの中で、様々な心理社会的因子に起因するソフトペインを下肢、腰臀部、頸部等に抱えると、その出力レベルや出力時間等の諸条件にリンクして筋肉や関節軟部組織の緊張コントロールに異常を来たす。すなわち筋協調性の劣化や筋力低下といった問題が顕在化あるいは潜在的に進行する。

その過程においてはスポーツ歴、仕事環境、生活環境等の影響を受けることで多種多様な臨床所見が垣間見られ、最終的に心理社会的因子の悪化に伴って足首のソフトペインの増悪を来たした患者さんの頼った先が外科であれば、結果は手術となり、頼った先が保存療法の現場であれば、手術にはならない。医療者の立ち位置がどうであれ、痛みの本態がソフトペインであるという視点が何よりも重要』


ハードペインは外傷のみならず炎症による痛みも含まれます。要は組織の障害を知らせるサインがハードペインということです。しかし、従来の画像診断の如何によらず、ほとんどの慢性痛、および急性痛の一部は間違いなくソフトペインだというのが私の見方です。“足首の爆発“もすなわちソフトペインとうことです。「軟骨が擦り減るから痛いのではなく、ソフトペインを出している人に偶然“軟骨の摩耗”が見つかる」と考えれば、全ての事象を合理的に説明することができるのです。

急性期の外傷の痛みでさえ、ハードペインというよりはむしろハイブリッドペインであるケースが少なくありません。外傷の痛みにおいては、その継続時間や細かい性質において実は個人差が意外なほどあるのです。冒頭で説明したように、痛みを脳に伝える経路こそ確固たるルートが出来上がっていて、そこにファジィな要素が入り込む余地はないわけですが、最終的に痛みという感覚が脳内で醸成される以上、そこにソフトペインが同時に生まれ得る土壌は持っているということです。

したがって同じ外傷でも実際の損傷レベルとは不釣り合いなほど強い痛みというものはハイブリッドペインの可能性があります。特に激しい痛み、感染を疑わせるような強い熱感、腫脹、発赤等の血管運動に関わる交感神経の機能異常が強い症例に対しては、CRPS(RSD)を予期して処置に当たる必要があり、徹底した疼痛管理が求められます(患者さんに痛みを感じさせない手法を治療方針の柱とし、腫脹のコントロールに全力を尽くす。回復期リハにおいては過度な負担を強いるような方法や痛みを我慢させて行うリハなどは絶対的に禁忌)。

急性期を過ぎても尚、痛みが持続する場合、それはもはやハイブリッドとは言えず、現象の本態としてはソフトペインに切り替わってしまっているケースがほとんどです。

多くの医療者がハードペインと信じて疑わないぎっくり腰…、私に言わせればこれもまた“急性ソフトペイン”に過ぎません。だからこそEBMからの新知見として「ぎっくり腰の多くは治療の必要がなく、大半は自然治癒する」と言われているのです。ぎっくり腰の正体が脳の問題であることは私論「痛み記憶の再生理論」で詳しく解説しています。

さらに四十肩の痛み。これもその多くがソフトペインであり、四十肩の激痛発作(所謂フローズンショルダー)もぎっくり腰同様“急性ソフトペイン”です。石灰沈着性滑液包炎は画像上の変化と痛みの変化が一致せず-石灰沈着があっても痛みのない場合もあれば、なくても同様の激痛発作を起こすことがあり-、そもそも画像上に見つかる石灰沈着は自覚症状のない脊椎圧迫骨折様の変化-最近テレビCMで“いつのまにか骨折”と表現されている-と同じ類のものであり、石灰沈着性滑液包炎も“いつのまにか石灰沈着”とも言うべきものがほとんどです。

急性ソフトペインを起こしている生体に偶然石灰沈着が映り込んでいたと考えれば、あらゆる現象を整合性を持った論理で説明することができます。

フローズンショルダーの激痛発作を起こして来院した患者さんの心理的背景を探ると、「なるほど、それだけのことを抱えていたのでは、思考回路の過活動を止めるべく脳が緊急スイッチを入れるのも頷ける」と感じるケースがほとんどです(ぎっくり腰もまったく同じ)。

ソフトペインという言葉の響きとは裏腹にたかがシステムエラー(錯覚・脳内補完)と侮るなかれ、脳が本気で最大出力すると、本当にあり得ないほどの、信じられないほどの激痛になります。これはなかなかどうして…信じていただくことは相当むつかしいと思います。私自身ぎっくり腰になったときは、自説を疑いましたから(そのときのエピソードは痛み記憶の再生理論の中で詳しく紹介しています。自身の感情のねじれについても)。

……(蛇足になりますが、先のキャッチコピー“いつのまにか…”は実に面白い。たぶん大手の広告代理店が作成したCMでしょうけれど、言い得て妙とはまさしくこのことで、私に言わせれば“いつのまにか椎間板”“いつのまにか軟骨”“いつのまにか半月板”“いつのまにか腱板”“いつのまにかジョーブ博士”、これらの多くが“いつのまにかソフトペイン”と同義。MLBは投手全員の肘MRIを撮って、内側々副靭帯の変性レベルと自覚症状との相関性を証明すべき!?)……

“関節炎”も“腱鞘炎”も、これらは全てハードペインを意味する診断名ですが、そもそも組織の炎症をキャッチする関節受容器タイプⅣ(関節内の化学的変化に反応)、あるいはサイレント受容器(平常時は不活性で、炎症の存在下でのみ機械的な刺激に反応)が、痛み信号を脳に伝えるのは現実の生体では炎症の発生から数えてせいぜい数日間くらいであり、多くの患者さんが「たいしたことない。そのうち治まるだろう」と高をくくって様子を見ている期間に相当します。

しかし痛みが治まらず「やっぱり病院に行くか」と思い立って医療機関を受診した頃には、実はその実態はハイブリッドペインになっており、通院後も回復が悪く、そのまま慢性化したケースではそのほとんどがソフトペインに切り替わっているというのが私の見方です。

つまり発症初期はハードペインであったとしても、自然に治まる人はそもそも医療機関を受診しないか、受診したとしてもすぐに治り、医療者が治療に難渋する関節炎や腱鞘炎というものは既にソフトペインである場合が圧倒的に多いのです。

前述した「冷めたアイロンを押し当てられた際の熱さ」には実は続きがあって、感覚の錯覚に引き続いて実際に皮膚に軽い熱傷病変様の変化が現れることがあるのです。つまりソフトペインを感じた脳が肉体レベルの変化を引き起こしてしまうことがあるということです。「炎症があるから痛いのか、痛いから炎症を起こすのか」「トリガーポイントがあるから痛いのか、痛いからトリガーポイントができるのか」「筋膜がねじれるから痛いのか、痛いから筋膜がねじれるのか」という次元について、医療者は真剣に考える必要があります。

こちらのページで紹介していますが、心理的なストレスに同期して関節水腫の量が増減する症例に私は少なからず遭遇してきました。あらゆる痛みに対して、常にソフトペインを念頭に置きつつ濃厚な問診やカウンセリングを続けてきた私の目には、慢性痛に対して使われることの多い“○×炎”という病名はその多くがごみ箱診断に映ってしまいます。

ハードペインが慢性化するのではなく、その実態はソフトペイン!』

運動器の臨床において、ハードペインが慢性化するという現象は存在せず、あくまでもその本態はソフトペインであると考えると、ほとんどの痛みを合理的に解釈することができます。神経痛という概念に対しても、同様の視点から私は独自の見解を持っています。

『末梢神経の変性には化学的変化を伴うものと伴わないものがある。化学的変性に陥りさえしなければ、神経痛の本態として説明される異所性発火によるインパルスが脳の痛み中枢に辿り着くことはほとんどない。例外的にこれを体験するのは肘の内側(尺骨神経)を机の角にぶつけたとき(強烈なしびれ感)くらいである…』

《神経痛に関してはこちらのページで詳しく解説しています》

さて、運動器の臨床で遭遇する痛みの多くは脳由来の痛み(ソフトペイン)であるという私論をここまで披歴してまいりましたが、実は関節拘縮においてもその多くがソフトペイン由来、つまり脳の問題だと言えます。俄かには信じ難い話でしょうけれども、紛れもない事実です(本記事の後半で詳述しますが、ミラー療法が関節拘縮を改善させる事実を私は発見しました)。

関節拘縮の真の原因は脳にあります。その理由について、少し説明させていただきます。

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