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高齢者の陳旧性アキレス腱断裂-MCI合併症例が暗示する超高齢化社会の運動器ケア-

2018/01/17

高齢者の陳旧性アキレス腱断裂(MCI合併症例)-超高齢化社会における医療の道しるべ-

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2017年9月初旬、汗の蒸発を許さない湿気地獄の中、「他の病院に通っているんだけど、足の腫れが全然引かなくて…」と、渋い表情をしたAさん(77歳・男性)が来院されました。

遡ること同年5月下旬、新潟での登山中に転倒した際、運悪く地面に突き出た岩に左ふくらはぎを強打。転倒の様があまりに激しかった為、その瞬間を目撃した登山仲間も、そして本人自身も「骨折した!」と思い、その場で添え木とタオルを使って固定したとのこと。

登山仲間からは「救急ヘリを要請しよう」と言われたそうですが、本人はこれを固辞し、足を引きずりながら自力で下山。そのまま麓の病院に直行し、「ふくらはぎの肉離れ」と言われたそうです。

自宅(埼玉)に戻った後すぐに近所の整形を受診し、腓腹筋部分断裂の診断を受けて3カ月のあいだ通院、物療を続けましたが、いっこうに腫れが引かないため別の整形を受診したところ、CRPS(RSD)かもしれないと言われ、それを伝え聞いた知人の薦めで当科を受診。

以上が、最初の問診で本人の口から語られた概要です。このとき、私は何かしっくりこない感じ、違和感のようなものを覚えました。問診中すぐには気づけなかったのですが、その正体に気づくのにさして時間はかかりませんでした。

もう一度、上記(一連の経過)を読み直してみてください。何かが決定的に欠けていることにお気づきでしょうか。あるキーワードがまったく出てこないことに。

そうです。「痛み」です。「痛い、痛かった、痛くて、痛みが…」といった痛みに関する口述が一切なかったのです。

そこで痛みに焦点を絞って、経過の詳細について再確認させてもらったところ、受傷時も下山中も、そしてその後の病院への移動に至るまで、とくに強い痛みはなかったと言うのです。

「本当に痛くなかったんですか?でも、足を引きずって下山したんですよね?」と訝る私に、Aさんは「ええ、とにかく力が入らないような変な感じで、地に足が着かないというか…。まあ、ちょっとした痛みはあったような気もしますけど…、いや、まあだけど、なかったな…」と。

瞬時に骨折を疑うほどのケガを負って、救急ヘリ云々という状況だったにも拘らず、相応の痛みを感じていなかったのはなぜか?この謎については後ほど解き明かします。

初診時の本人の訴えに戻ります。肝心の歩行について聞くと、「長時間歩くと重だるくなって歩けなくなっちゃうけど、ちょっとした散歩程度なら問題ない」とのことであり、また夜間痛も日中の安静時痛もありません。

とにかく「腫れが気になって仕方ない」という訴えに対し、こちらの視触診においても確かに本人の不安感が頷けるほどの強い腫れがあり、さらに自覚されない顕著な熱感(非知覚性熱感)が認められました。

熱感があることを本人に伝えると、「自分では全然分からない(感じない)けど、〇×整形(2軒目の病院)でもリハビリの先生から、そんなようなことを言われた気がする…」と。

痛みの訴えが希薄であるにも拘らず、高度な腫脹と熱感が3カ月以上持続していることから「血管運動障害が前景に立つCRPS(RSD)交感神経タイプ」の可能性を念頭に起きつつ、脳の可塑性( neuroplasticity )を促すタッチキュアBFI および触覚同期ミラーセラピーを10日間ほど続けた結果、長期間改善の兆しが全く見られなかった腫脹が改善。さらに熱感もほぼ消失。

Touch750


※BFI…体性感覚刺激による脱感作と再統合法と定義される徒手医学で、全身の皮膚・骨・関節に多重極微の刺激を加える究極のタッチケアあらためタッチキュア。脳の可塑性(neuroplasticity)を促すことを目的としており、極めて広範囲の臨床に応用されている。




とくに熱感に対してはミラーセラピー直後に劇的な改善-本当に驚愕するほどの変化-が認められ、neuroplasticityの奥深さを思い知らされる瞬間でした。

Katai0
腫脹の改善に伴い、腓腹筋の一部に明らかな陥凹が触知され、これにより断裂の度合いもはっきりと確認することができました。


ところが腫脹が引いてしばらく経った頃、本人が発した何気ないひとこと…、「最近なんだか踵の骨が出っ張ってきたような…」という言葉をきっかけにして、なんと!アキレス腱断裂が判明。

初診時にトンプソンを行っていれば、あるいは気づけた可能性もありますが、何せ腫脹が高度でしたし、そもそもアキレス腱を疑う視点の欠如がありました。

もし腫脹の改善をもってすぐに本人が通院を止めていたなら、気づけないまま終わっていたかもしれません…。

では、なぜAさんは当方への通院を継続していたのか?

実際のところは本人に聞いてみないと分かりませんが、こちらの説明内容、診療スタンスに因るところが多少なりともあったのではと想像します。

実は初診時のAさんの様子(滑舌の悪さ、記憶の曖昧さ、何気ない仕草や表情の雰囲気など)から察してMCI(軽度認知障害)を疑い、すぐに簡易検査を施したところ、私の中で疑念が確信に変わったため、通院の最中ことあるごとに以下のような説明-冒頭に記した“Aさんの痛みの謎”に対する答えが含まれています-をしていました。


『痛みをはじめ身体に現れてくる様々な不調というものは※脳疲労を知らせるサインである場合が多く、とくに非外傷性の激痛は脳疲労を回復させるべく脳が自ら行う自衛措置だとする捉え方があります。

※…脳疲労に関しては諸説があり、その概念は定まっていない。私が代表を務めるBFI研究会では独自の理論(仮説)を掲げており、その詳細については技術研修会や講演会等で解説させていただいている(⇒こちらのページ)。


Aさんは相当な脳疲労を蓄積させている可能性が高いです。そもそも登山で転倒したのも脳疲労があったからだと推察されます。

しかもAさんの場合、※脳疲労のマスキングと言って、脳疲労があるのにそれを感じることができない状態になっているのではないかと危惧されます。脳疲労を知らせてくれる最も分かりやすいサインすなわち痛みが出ない、痛みを出せない状態になっている可能性があるんです。今回、腓腹筋の一部が断裂するほどのケガを負っていながら、相応の痛みをまったく感じていなかったことがその証左です。

※…近年の疲労研究の成果として、突然死や過労死のリスクを高める要因の一つに「疲労感のマスキング(疲労感なき疲労)」が隠れていることが分かっている。その一方で当会はうつ病や認知症のリスクを高める要因の一つに「脳疲労のマスキング」があるのではないかと考えている。


おそらく5月の登山のだいぶ以前から、何らかの要因が重なって既に相当な脳疲労を溜め込んでいた可能性が高いです。そのサインが分かりやすい形で出ていれば…、例えば腰が痛いとか、頭痛がするとか、身体がだるいとか、何らかの体調不良が出ていれば、登山に行くのを控えていたかもしれません。

ところがAさんは脳疲労のマスキングのせいで自身の体調変化に気づくことができないまま登山に向かってしまった。そしてケガを負ってしまった。ぼくにはそういう流れがあったように思えてならないんです。

でもご安心ください。こちらで行っている治療(BFI)は脳疲労を解消させる手段でもあります。むつかしい話だと思いますが、そんな視点もあるので…』


認知症という言葉はなるべく使わないように※配慮しつつしかしそれとなく匂わせる場面もありましたが)脳疲労の解消が引いてはうつ病や認知症の予防につながること、今はまさしくその瀬戸際で、これを機に徹底的に脳疲労を改善させていくべき云々について何度も何度も繰り返し伝えていました。

※…当方はコメディカルであり、領分を越える物言いはご法度。患者さんの認知機能の状態によっては当然ながら「一度専門医の診察を…」と勧めている。


そんな突拍子もない話を聞かされたところで、本人はポカンとして馬の耳に念仏、馬耳東風という体でしたが、もしかすると心のどこかに響いている部分があったのかもしれません。

事の真偽はともかく、腫れが引いたあとも通院を続けてくれたおかげで、初診から3週間ちょっとが経過した時点で気づくことができました。

Katai2_2

さて、アキレス腱断裂が判明した段階で、Aさんの場合一番気になるのは「いつ切れたのか」という問題です。それによって保存か?手術か?という判断に大きな影響が。

転倒時に腓腹筋といっしょに切れていたのか?それともその後の生活の中で自然に切れたのか?

年配者のアキレス腱断裂は痛みがなく、切れたことに気づかないケースがありますが、そもそも年配者でなくとも、無痛の腱断裂すなわち自然断裂は起こり得ます。

例えば、私が整形勤務時代に経験した例として、ギプス固定中の長母指伸筋腱(EPL)断裂や上腕二頭筋長頭腱(LHB)断裂など十数例以上の治験例があります(ちなみに肩腱板断裂も無症候性のものが意外なほど多いというのが私の見方)。

このように痛みのない腱断裂は年齢を問わず、何らかの要因の下で発生し得ます。

筋と腱ではその組織学的特徴の違いから、筋の断裂では相応の痛みを伴うケースがほとんどであるのに対し、腱断裂では痛みを伴うケースとそうでないケースに分かれるということです。

本症例では筋と腱の両方に断裂が見られたわけですが、Aさんのように腓腹筋部分断裂に伴う痛みが僅少である症例は稀であり、その原因として想定されるのは痛みに関わる遺伝子の問題あるいは脳疲労のマスキングです。

前者において先天性無痛無汗症を視野に入れる必要はないにしても、場合によっては他の何らかの病因性による無痛体質の素因があるのかと思い、既往歴を確認しましたが疑うべき基礎疾患等はないようです。

3年前に※股関節の激しい痛み(外傷ではなく自然発症の痛み)で人工関節置換術を受けていることから、痛みを感じにくい何らかの病因を抱えている可能性は低いと思われます。

※私がAさんに対して「5月の登山のずっと以前から脳疲労を抱え込んでいた云々」という見解を伝えていた理由は、3年前に激痛体験があったこと、そしてこれを手術で治めてしまったことに因る。


以上を踏まえ、問診を究めつつあらゆる角度からの考察を試みましたが、結果的に断裂した時期を特定するには至りませんでした。


ただ私が想像するに「登山中に踏ん張った際にアキレス腱が断裂し、これに気づけないAさんはその直後に踏ん張りが利かなくなったせいで転倒し、ふくらはぎを強打」。つまり最初にアキレス腱の無痛断裂があったのではないかと…。

初診時の問診で「転倒した時の状況を詳しく教えてください」と質問しても、Aさんは口ごもるばかりで明快な回答がなく、執拗に問いただすと「なんだかね、よく覚えていないんですよ」という返事でした。こうしたことからも、私は転倒の原因そのものがアキレス腱断裂だったのではないかと推測したのです。

であれば、受傷から4カ月近く経っていることになり、保存療法はむつかしいかもしれない。何よりMCI(軽度認知障害)回復の観点からは、保存を選択した場合、長期に渡るADL制約が脳に及ぼす影響-MCIが進行してしまう危険性すなわち認知症発症のリスク-を絶対に無視することはできない。

今の本人の最大の生きがい、楽しみは毎朝のラジオ体操(公園)に赴く際の散歩(片道20分)だと聞かされていたから尚更のこと…。

保存を選択した場合、そうした生活習慣-※認知症を防ぐためにも大切な時間-が維持できなくなる可能性があり、仮に保存治療によって腱の癒合を果たせたとしても、結果的に認知症になったのでは意味がない…。

※…単純に歩行という筋肉の運動が脳に与える影響より、歩行に伴うリズム刺激や五感の刺激を受け取りながら感情発現として“喜び”を味わう時間こそが脳疲労を解消させ、引いては認知症の予防につながるというのが、私どもBFI研究会の見解。義務感や焦燥感に囚われた散歩では効果が薄い。景色や木々の匂いに包まれてポジティブ感情を伴いつつ歩く(運動する)ことに意味がある


Aさんはアキレス腱が機能しない現状でも散歩の習慣は維持できているわけで…。であるならば、現在の生活習慣を最大限尊重しつつ、認知症を発症させないことに重点を置くべきではないか、私はそう考えるに至りました。

ただ本人の意向は「手術でくっつくなら手術したい」とのことだったので、県内の医療センターを受診していただき、MRIによる確定診断の下、高齢者opeに伴う感染症リスクを重視した専門医の判断で手術回避となりました。

その結果を受けて、少し落ち込んでいる様子のAさんに対し、今後の診療方針について概説しました。

※アキレス腱がなくても、その代わりとなって働いてくれる筋肉たちがあるので、それらを強化すれば心配ないですから」と励ましつつ、そうしたリハ(私のところでの実際はニューロリハ)を受け続けることが脳の活性化につながり、認知症を予防し、健康寿命を延ばすことになります云々…と。

※「アキレス腱が機能しない」すなわち「下腿三頭筋が足関節の底屈に参加できない状態」にあっても、これ以外に足底筋、後脛骨筋、長腓骨筋、短腓骨筋などが底屈に関与する。

(注…「足底筋」は足底筋膜炎という病名とは無関係。一般に足底にあると思われがちだが、実際は腓腹筋とヒラメ筋の間を走行する下腿筋群の一つ)



下の映像のように足趾間に術者の指を挟んだ状態で座位カーフレイズを行うと、底屈力がUPします。その理由は不明ですが、見た目より有効なリハだと感じています。


さて、その後のAさんですが、MCI(軽度認知障害)レベルの回復が認められ、こうしたリハおよびBFIの継続が認知機能の回復に寄与することが明示されました。

結果的に私のカルテには3つの病名が記載されています。

①左腓腹筋部分断裂 
②左アキレス腱断裂 
③左下腿部CRPS(RSD)交感神経タイプ

最後の③については患部周辺に異常なほどに強い熱感および高度な腫脹が3カ月以上持続していたこと、および当方での自律神経機能検査-HRV(心拍変動解析)-に検出された不整脈が家族内に頻出する強い※心理的ストレスに同期して出現することなどに依拠します。

※…引きこもりになっている一人娘とのあいだで過去にいろいろあり、同じ家に住みながら1年前から断絶状態(一言も口をきいていない)という家庭環境にあって、娘のことで妻と口論するたび不整脈が出現するというパターンを繰り返している。


また問診時の滑舌の悪さ、※マンテストの不可現象(閉眼して行う検査だが、開眼した状態でも立っていられない)、直近の記憶力低下、スマヌ法やシリアルセブンといったMCI簡易テストに対する陽性反応が見られたことから、脳疲労に起因するMCIを既に発症していることが推断され…。

Manntest1※マンテスト…パイロットに課せられる航空身体検査の一つ(閉眼して両足を前後にそろえて10秒間立ってもらい、その際の安定度を評価。主に小脳機能テストとして用いられる)。

Aさんがこのテストで立つことすらできない理由は「MCI云々とは関係なく、そもそもアキレス腱断裂の影響では?」という視点もあるが、現在ではしっかりと立てるまでに回復しており、図らずもマンテストの有用性(脳疲労やMCIの指標たり得ること)を示す
事例となった



脳疲労のマスキングを背景にした自律神経の異常活動が顕著に認められることから、腓腹筋およびアキレス腱の断裂にCRPS(RSD)交感神経タイプを併発していると判断し、上記カルテの記載となりました。

そして2017年12月時点、BFI 継続によってMCI所見がさらに改善し、歩行における持久力も著しく回復。軽いハイキングも可能となりました。

ただし、長時間の歩行に際しては装具を装着するよう指導しています。

Katai3

上の画像は実際にAさんの足に合わせて作った三上式プライトン固定(ニューロフィクス)です。アキレス腱の癒合目的ではなく、歩行による負担を軽減させるための機能性補助装具です(⇒ニューロフィクスについてはこちらをご覧ください)。

本人の感想として「1時間近く歩くような場面では、これを着けていたほうが安心感があって疲れにくい」とのこと。


ここで一連の経緯を整理してみますと、5月に登山で転倒し、3軒の整形に通院するも下腿の腫脹が引かないため9月に当院を受診。そして腫脹消退に伴ってアキレス腱断裂が判明。

ただし、肝心の受傷機転及び受傷時期については今もって不明のまま…。当院に辿り着く前に受診した整形のいずれにおいてもアキレス腱断裂とは診断されていなかったわけですが、その3軒で見逃されたわけではなく、当院(4軒目)を受診する直前に自然断裂した可能性もゼロではない…。

そもそも5月以前すなわち登山の前から既に切れていた可能性、その後の通院中のどこかのタイミングで切れた可能性も…。

年配者のアキレス腱断裂にあっては前述したとおり切れたことに気づかないケースがあるわけで、この症例においても受傷時期が不明という問題がありましたが、10月に手術の是非を仰ぐべく医療センターを紹介し、MRIによる確定診断および手術回避の判断が為されました。

そして翌2018年1月現在、腱断裂部はそのままですが、ADLの支障はほとんど認められておりません。


以上の経過を受けて、高齢者の陳旧性アキレス腱断裂にあっては、感染症のリスクを最大限考慮したうえで手術を回避し、保存的には三上式プライトン固定の装具とBFIをもって、ADLの維持回復に努めることで良好な予後が期待できる症例があることが分かりました。

高齢者の陳旧性アキレス腱断裂では、個々のADLや運動能力レベル、基礎疾患等を鑑みて、断裂部の癒合ありきという従来の治療方針に拘泥することなく「脳の認知機能を回復させることに重点を置く」ことで良好な予後に至る場合のあることが、今回の症例で確認されたことになります。

尚、現在も週2回のBFIやミラーセラピー等によるリハメンテを継続しており、本人のコメントとして「先生が仰っていた“相当な脳疲労が…”という言葉の意味が、最近になってすごく分かるようになったんです」と、以前の自分が何かおかしい感じだったこと(MCI発症)、そしてそこから恢復できたという実感を持つに至っていることが伺えます。

MCIから生還した方はこのように「戻ってきた感」を話されることが多いように感じます。

とは言え、今回のごとき症例に対しては、通常の医療現場にあっては「手術か?保存か?」といった腱の癒合をどうするかといった視点(ハード論)しかなく、MCIを念頭に置いた全人医療的な診療哲学を包含する医療者は少ないのではないでしょうか…。

超高齢化社会における運動器プライマリケアにあってはこうした役割、使命をも担う必要があるのではないか、否、担っていくべきではないか、当会(BFI研究会)はそのように考えています。


私たちが住むこの国は人類史上かつてないスピードで超高齢化社会に突入しようとしています。そうした日本社会が今後どのような事態に直面していくのか、諸外国からその行く末が注視されています。

当会はこれまで「アクセルとブレーキの踏み間違いは単に加齢という次元で片づけていい問題ではなく、脳疲労という要因が隠れている」と主張してきました。さらにITの急速な進化がもたらす情報化社会にあっては「人類総脳疲労状態に陥るリスクがある」というのが私どもの見方です。

うつ病や認知症の発症には脳疲労が大きな要因として隠れています。痛みはそうした脳疲労を知らせるサインであると同時に、時として回復措置の役割をも担っています。


臓器移植の事例が示すとおり内臓器官の多くは長時間の酸欠に耐えることができます。血流が途絶えても数時間以上生き長らえます。しかし、脳はそうはいきません。脳は血流変化に極めて弱い臓器なのです。

Eeee       (2017年度一般講演会「脳疲労とタッチケア」において上映されたスライドより)

脳全体の血流はほぼ一定に保たれており、局所の過活動(充血)は必然的に別領域の血流低下をもたらします。わずかな時間の酸欠にさえ耐えられない脳は血流バランスを厳密にコントロールする必要があるため、そうした代謝バランスの乱れに敏感に反応します。

当会が唱える脳疲労とは脳代謝バランスの偏りに際し、脳がこれを自ら戻せない-脳の自律的調整能力が追いつかない-状態と定義しています。

こうした脳代謝バランスの失調が臨界点に達したとき、すなわち脳疲労が極まったとき、これを解消させる-代謝バランスの偏りを戻す-ために、言わば究極のショック療法とも言うべき爆発的な※相転移が引き起こされます。これがぎっくり腰をはじめ四十肩激痛発作や寝違えの正体です。

※…物性物理において使用される用語。水は0度以下で氷、100度以上で水蒸気となる。このように同じ物質でありながら、ある温度に到達した瞬間に劇的に性質が変わることを相転移という。これが起こる温度を転移点という。

脳の代謝バランスが臨界点を超えると、充血部位の温度上昇と阻血部位の温度低下という地域間温度差が極まることとなり、これが言わば転移点となってその瞬間ニューロン活動の広域かつ同期的な相転移が生じる(激痛の発生)。これが回復する過程において脳代謝バランスの偏りが是正され、そしてデフォルトの状態(ニュートラル)に戻されるのではないかと当会は考えている。

尚、脳の安静時に活動するデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)は脳代謝バランスの見張り役と調律を兼務すると同時に、意識と無意識の間の情報伝達を調節しているのではないかというのが私の仮説であり、これに従えば、脳内環境における転移点はDMNの機能が追いつかなくなった-果たせなくなった-瞬間と捉えることができる。



非外傷性の激痛の正体は脳の自衛措置に他ならない、というのが当会の見方です。

こうした脳疲労回復のスイッチが入らない、あるいは入り切らない方々がうつ病や認知症の予備軍となって、整形や接骨院等を受診する場合があり、まさしくAさんのケースがこれに該当します。

運動器外来においては脳の次元(ソフト論)を重視すべき時代が既に到来しています。

そういった流れに気づける医療者が大多数を占めるであろう未来をイメージしつつ、私たちはこれからも情報発信に鋭意努めてまいります。

了。





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